現在はコロナの影響で実施できていないが、以前はグループディスカッションを選考に取り入れていた。その時に自己紹介の中では必ず自分の嫌いな食べ物を紹介してもらうようにしていた。
人間面白いもので、好きなものについては理由が無くても平気だが、嫌いな食べ物については必ず「なぜ嫌いなのか」理由をつける。誰しも子供の頃から好き嫌いなく食べるように教育されているから、嫌いなものについては罪悪感があるのだろう。
これで自己紹介が盛り上がる。トマトの青臭いのが駄目、キノコの食感が苦手、イクラやタラコなどの魚卵が臭く感じる等、人それぞれに表現を駆使して自分の嫌いなものを理解してもらおうと必死に言い訳をする。だがこの話をなぜ自己紹介でやるのかというと、グループディスカッションの伏線になっているからなのだ。
グループディスカッションでは発言と同様に傾聴力も審査対象となっている。人の意見に耳を傾けられるかどうかは大事な要素であるが、それが自分の反対意見であった時、頭ごなしに否定せずにきちんと話が聞けるかどうかが問題になる。
納豆やパクチーなら嫌いと言われても理解しやすいが、唐揚げやラーメンなど万人受けするものが嫌いと言われた時に「そうだよね」と相手を理解することは難しい。でもそこに想像力を駆使して相手の気持ちに寄り添えるかどうかが、グループディスカッションで相手の意見に耳を傾けることができるかどうかと同じ構図になっている。
「えぇぇ、唐揚げ嫌いなの?おかしいんじゃないの?」と頭ごなしに否定するのか「鶏肉のプニョプニョした脂の部分、苦手なのわかるわ」と理解を示すのか、「ラーメン食べられないと友達居なくなるでしょ?」と嫌味を言うのか、それとも「豚骨のケモノ臭とか麺のかん水の匂い、くさいって感じる時あるよ」と共感できるのか、ここが大きな分かれ目だ。
食べ物だけではない。読書、ゲーム、パチンコ、ギャンブル、タバコなど一般的なものからアニメ、アイドル、フィギュアなどのオタク系趣味、ファッション、アクセサリー、芸術から車やバイク、果ては政治や宗教まで、ジャンルは限りない。どんな話題であっても、自分の常識がすべての人にとっての常識だと信じて疑わない思い込みが共感の妨げとなる。
ただし、共感は同感とは違うから、同じ考えにならなくてもいい。共感はあくまで相手の気持ちを理解し、理解しましたよ、という意思が示せればいいのだ。どんな極端な意見でもそれが重大犯罪でない限り、自分と異なる意見に対して共感できる部分を探すこと。この共感力が仕事をする上で大きな力となる。だからこそ就活の選考でグループディスカッションが採用され、傾聴力が審査されるのだ。
あぁ、でも爬虫類をペットにするのは共感できるが、さすがにGはきつい。かわいいです、飼ってますって言われると共感しにくい。たまにそういう人居るけれども。
※1)ちなみにアレルギーや体質で受け付けないものについては好き嫌いとはカテゴリーが違う。蕎麦アレルギーとかお酒が飲めない人にとっては命取りだ。また宗教上の理由で食べない物についても、好き嫌いで論ずるものではない。ここでいう嫌いな食べ物は、健康上・宗教上口にしても問題ないものの話だ。
※2)窃盗や虐待、殺人などといった重大な犯罪に共感を示すのは感心しない。国によって合法な大麻の是非とか銃の所持、暴力ではなくルールがある格闘技などは議論の余地はあるけれども。
※3)G:ゴ●ブリ。