私は割合に嗅覚が良い方だと思う。他人からすれば神経質ということになるのだろう。これが災いして海外ではストレスの原因となる。
フィリピンのスーパーマーケットの魚売り場は猛烈に臭い。そもそも魚を取る小舟やボートにちゃんとした冷蔵設備なんかあるのか甚だ怪しい。刺し身で食べることを前提としていないだろうから鮮度については結構いい加減なんじゃないかと思う。第一、釣り上げた瞬間から気温が高いんだから、そっから腐敗が始まる。陸上輸送だって、そもそも町中で保冷車なんて見たことが無い。魚売り場には冷蔵設備があっても臭い魚の匂いが取れるわけではないから当然臭う。かなり臭う。二日酔いだったら確実に吐ける自信がある。
と思ったらスーパーでもっと臭うのは洗濯用石鹸の匂いだった。
最近はコストコで売られている洗剤や柔軟剤の匂いが話題になっているが、フィリピンでも体臭予防のためなのか洗濯洗剤には強烈に匂いが残るようなものが多い。その匂いは香りなんていう生易しいものではなく、嗅ぐとオエッとえづきそうな匂い。私はこれが嫌でわざわざ日本から洗濯洗剤を買って持っていくほどだった。貴重な洗剤だから洗濯はメイドに任せず日曜に一週間分をまとめて自分で洗濯するようにしていた。
ただでさえ匂いのきつい石鹸だが、売り場に多く並んでいるのは洗濯機用の粉石けんではなく、手洗い用の固形石鹸なのだ。洗濯機の普及率は高くない。富裕層だって自分で洗濯はせず、メイドが洗濯板で手で洗う。この固形石鹸の包装パッケージがかなりいい加減で密封されていないから強烈な匂いがダダ漏れ。どのスーパーマーケットも入った瞬間から洗濯石鹸の匂いがしている。これが食品につくとたちが悪い。
お米売り場では日本のように5kgとか10kgの袋に入っているのではなく、量り売りでむき出しで並んでいる。だからどうしてもこの匂いが米にくっつく。くっつくという生やさしいものではなく、たっぷりと吸収している。こういう匂い付きのお米は研いでも炊いても匂いが残る。想像してみて欲しい、洗濯洗剤の匂いつきのお米を。食えない。無理。絶対無理。
いや、お米だけではない。パンもひどい。一度、イタリアン・レストランで生ハムを切り売りしてもらい、スーパーでクロワッサンを買って優雅に贅沢なサンドイッチを楽しもうとしたら、見事にそのクロワッサンに石鹸の匂いが染み付いていた。パン売り場は石鹸売り場から20メートル以上は離れていたというのに。パンは諦めて生ハム単体で食べた。優雅な食事が単なるおつまみに変身した。泣いた。
それ以来、パンは日本からわざわざ小麦粉とイースト菌を持ち込み、自宅で作って食べるということがしばらく続いた。フィリピンは気温が高いからお湯を張らなくても室温で発酵するので、手間がかからない。
あれから20年。フィリピンのスーパーは未だに同じ匂いがする。懐かしい匂いでもある。