まずいお雑煮を作ってくれた伯父の話の続き。
その伯父の配偶者である伯母は長らく病院の看護師長を勤めていたこともあり、生前から延命措置はしないよう周囲に伝えていた。最後は病気らしい病気もしないうちに身体が衰え、文字通り老衰で亡くなったのだが、今回はそのお葬式のおはなし。
式は滞りなく進み、最後に参列者全員が棺に花を入れ、棺桶に蓋をするという段になった。司会者はベテランの女性。
「さぁ、これで故人の顔を見れるのは最後となります。旦那さん、最後にお顔をご覧なってください」
脳梗塞を患って身体に不自由がある伯父は杖をつきながらなんとか立ち上がり、棺桶へとにじり寄る。
「きれいなお顔でしょう?きれいですよねぇ」
女性司会者が問いかけるのだが、延命治療を断って点滴を拒否し身体が一回りも二回りも小さくなってしまった老婆である伯母に綺麗という形容詞はちょっと無理がある。たしかに事故や病気で苦しんでいたわけではないから穏やかな死に顔であることには違いないのだが。
「ね、きれいですよね?」
女性司会者のキレイ押しがしつこい(笑)。どう考えても昼間から酒ばっかり飲んで伯母と四六時中口論ばかりしていた伯父がそんなことに同意するわけがない。
「きれいですよね?きれいですって言って上げてください」
女性司会者はなおも畳み掛ける。
どんな職業にでもやり甲斐というのはあるだろう。葬儀に関係する仕事の方々の働きぶりには本当に頭が下がる思いだが、この女性司会者にとってやり甲斐はおそらくこの場で伯父にキレイだと言わせることなんだろう。いや、むしろキレイだと言わせたら勝ち、言わせられなかったら負けみたいな、変な勝負になっているんじゃないか、これは。
「きれいですよねぇ?ね、きれいですよね?」
聞いているこちらはだんだんと「キレイって言いなさい!」に聞こえてくる(笑)。
このままだと葬式が延々と終わらないと空気を読んだのか単に根負けしたのか、ついに伯父がぼそっとつぶやいた。
「おぉ、きれいだなぁ」
その言葉にホロホロと涙を流す女性司会者。
という壮大なコントを見せられて微妙な空気が漂う親戚一同(笑)。
あれから何年も経つのだがこのお葬式だけは忘れない。伯母の生前には絶対に言うことのなかった伯父のその一言が、どこかから借りてきたような挨拶文よりもよっぽど締めくくりとしてふさわしく、悲しい場ではあるものの暖かで心地よい記憶としていつまでも残っている。それもあの女性司会者の術中にまんまとハマった結果なのだ。
世の中には楽しくない仕事もある。楽しいばかりが仕事でもない。そこに自分でどんな意味づけをして自分の役割を果たすのか。伯母の葬式を思い出すたびに、仕事は楽しさだけが物差しじゃないとつくづく思い返すのだ。