変化・進化・退化

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現在仕事でフィリピン工場に来ている。工場の入り口には大きなジャックフルーツの木とマンゴーの木が植えてあるが、このマンゴーの木がなかなか実をつけない。と思ったら今年は一部に結構実がついているではないか!何でも台風で倒れそうになった木を元に戻したら、そこから実をつけたのだとか。

ジャックフルーツの木の方はといえば、こちらも樹木が古くなったのか葉っぱが落ち始め枯れてしまうのかと思いきや、樹の幹に傷を入れることによって見事に復活。今はしっかりとした葉が生い茂っている。そのうち立派な実をつけることだろう。

先日、まだ内定が取れないで奮闘している学生さんと会った。中学、高校とほぼ帰宅部。大学のサークルもちょっとマニアックな文化系のサークルで、コンクールなどを勝ち抜くような競合ではない。バイト経験も実直ではあるがある意味安定的で地味。華々しい海外経験やボランティアの経験も無く、加えて親御さんも「就職は自分のやりたいように」という方針。

いや、これでは全く刺激の無いマンゴーの木と一緒で実のつけようが無い。

口うるさい親でもいい、すごく憧れる先輩でもいい。バイトのすごく嫌な体験でもいいし、強烈な失恋でもいい。それが自らが意図しない試練や災難かもしれない。何らかの刺激が無ければ生きる方向性を見出すのは実は結構難しい。

人はつまづくことによって足元を見ることに気が付き、上り坂があることで自分の歩く先を目の前に見ることができる。躓くこともなにもない平坦な道は、逆にどこに向かって歩くべきなのか迷ってしまうだろう。

生物はそれぞれ厳しい環境の中で適応しようと変化し、それが進化へとつながっている。変化がない世界は安定を意味するのではない。安定の先に待っているのは退化なのだ。