エミー

先週の日経新聞朝刊の一面特集記事に、セブで日本語情報誌を立ち上げた女性の話が取り上げられていた。メイドを雇うことで社会進出が可能になった、という趣旨の記事だった。

日本の感覚からするとメイドなんて雇うのは贅沢や金持ちだけと思うかもしれないが、フィリピンで暮らす外国人には重要な役割を持つ。セブでは停電が頻発し冷蔵庫が頼りにならないので買いだめをしないのが普通。買い物は頻繁に行かざるを得ないし、家を完全に留守にしてしまうと泥棒のリスクも高い。近所の人や郵便配達の人が家に来ても英語が出来るとは限らず、現地語が分からなければコミュニケーションもままならない。忙しい駐在者に代わり掃除・洗濯を請け負ってくれるだけでなく、こうした保安上の理由も多い。

今回のブログのタイトル「エミー」とは、セブ島にあるテクダイヤの社員寮であるスタッフハウスで働いていたメイドの名前だ。しかし、秋葉原のメイド喫茶の店員を想像してはいけない。エミーという可愛らしい名前とは裏腹に、顔の作りはストレートに言えばかなりブサイクだった。

フィリピンでのメイドの選び方のコツというのは基本的にはブスな方がいいとされる。可愛いメイドを雇うとほぼ間違いなく雇い主の留守中に男を引っ張り込み、挙句に妊娠して男に捨てられるか、または家財道具を持ちだして男と逃げてしまう。日本人の駐在者はこれで痛い目に合う人が多い。だから彼氏ができそうにない地味な顔立ちが好ましいのだ。第一、フィリピンパブに居るようなセクシーな娘が家に居たら落ち着かないではないか。

フィリピンで外国人が住む家というのはたいていメイド部屋という2畳くらいの狭い物置のような専用の部屋があって、住み込みで働く。彼女たちにしてみれば食うや食わずの貧しい地方の実家から離れ、比較的治安の良い都市部の高級住宅地で食うに困らない生活ができるのだから、それほど悪い条件ではないらしい。子を出す親にしてみれば口減らしの意味もあるのだろう。

現地のフィリピン人も、それほど裕福でなくともメイドを雇っている場合は多い。遠い親戚の子を家に泊めてあげて子守をさせる、という感じだ。

メイドはほとんどが貧しい地方出身者で、かろうじて必要最低限の英語が出来る程度の女の子が多い。しかしエミーは大学に入ったもののお金が無くて卒業できなかったというだけあり、かなりのインテリだった。私が買い置きしておいたパトリシア・コーンウェルの女検死官シリーズのペーパーバックを先に読んでしまうほどだった。

掃除も洗濯もしっかりとやってくれるのはいいが、家具の配置を何の前触れもなくドラスティックに変えてしまったり、ときどき正体不明・意味不明な料理が出てきたりなど、変な部分を差し引いてもよく出来たメイドだった。テクダイヤの出張者なら誰でも知る評判の存在でもあり、私達には感覚的には妹のような存在だった。

我々のスタッフハウスにやってくる前は寝たきりの日本の老人の世話をしていたとかで、文句も言わずおむつの交換もやっていたとのこと。「あそこまでやるメイドは珍しい」とは彼女を紹介してくれた日本人の弁。

実際、フィリピン女性は欧米の男性にかなり人気がある。贅沢を言わない、愛嬌があって献身的、そしていつも明るい、というのがその理由らしい。歴史的・文化的に見てもカソリック、大家族主義、貧困、南国気質、ラテン系など、なるほどその通りと思わせる背景は多い。

だが現実としてメイドとの付き合い方は難しい。友達になってはいけないが、かといって奴隷扱いしてはいけない。きちんとした家庭の教育を受けていない場合が多いから、しつけするつもりで教育をする必要がある。メイドとして一人前になるまでは雇い主側もかなり根気が要るのだ。

そのエミーもある日突然、仕事を辞めたいと言ってきた。なんでも、携帯のサイトで知り合ったマニラにいる男と結婚するのだと言う。メイドが携帯を持てるという時代というのも昔は想像できなかったが、知り合ったバツイチ子持ち男と結婚するというのも驚きだった。

弊社会長は「相手の男に騙されてるんじゃないか」「単なる奴隷としてこき使われるんじゃないか」と随分心配していたが、しかしそこは本人の人生。「DVなんかあったらいつでも戻ってこい」と彼女を送り出した。

その後、エミーがどうしているかは知らない。戻ってきていないということは幸せな生活を送っているのだと思う。というか、そう信じたい。